書留・特定記録郵便物等受領証の画像+何度もの予告
  (2017年11月25日に、総理大臣様や各政党の代表様に出させて頂いた書留郵便です)
  (2018年2月17日に、総理大臣様や各政党の代表様に出させて頂いた書留郵便です)
  (2018年7月21日に、総理大臣様や各政党の代表様に出させて頂いた書留郵便です)
  (2018年9月15日に、総理大臣様や各政党の代表様に出させて頂いた書留郵便です)
  (2018年11月14日に、総理大臣様や各政党の代表様に出させて頂いた書留郵便です)
  (2019年1月22日に、総理大臣様や各政党の代表様に出させて頂いた書留郵便です)
  (2019年2月16日に、総理大臣様や各政党の代表様に出させて頂いた書留郵便です)
 
世界にも例を見ないような荒らし屋との遭遇
 

 思い返せば、「世界にも例を見ないような荒らし屋」との出会いは、平成7年(1995年)の夏に、私が始めたパソコン通信でした。
 
 私は発明家で、私が発明した「ひび割れガラス球照明技術」の商品化を目指してさまざまな活動をしていました。
 
 
 
 
 その活動の一環として、大手のパソコン通信のPC−FANに入会しました。
 
 当時は、未だパソコンを持っておらず、特許をフロッピーディスクで出願するのに使っていた、液晶式のデスクトップワープロと、ブラウン管式のデスクトップワープロを使っていました。
 
 入手した通信モデムとの互換性の関係で、古いブラウン管式のデスクトップワープロを使ってのパソコン通信となり、2400bpsという現在では考えられない通信速度で、一文字一文字表示されていく文章を、リアルタイムで読み取れるほど低速でした。
 
 パソコン通信では、インターネット上のニュースグループに投稿する以外には、私の発明を宣伝する手段がありませんでした。
 
 インターネット上のニュースグループに投稿すると、さまざまな人から、さも、もっともらしいさまざまなメールが送られてきました。
 
 後で分かった事ですが、それらの、さまざまな人からのメールは、一人の「荒らし屋」が、さまざまな人を騙って送ってきた嘘のメールでした。
 
 それらの内の一人が、新潟県で「ディブロプロート」とう装飾照明の店をやっていて、私の発明に興味があり、力に成れるかも知れないので、私の発明の試作品や、私の発明が載った新聞のコピーを送って下さいと、メールで申し出てきました。
 
 当時は、そのような嘘のメールを送ってくる人がいる事など想定していず、そのメールを信じて、メールに記載の住所に、私の発明の試作品の写真や、私の発明が載った新聞のコピーを送りました。
 
 その後、その人からのメールは有りませんでした。
 
 後で分かった事ですが、その人の住所は、私設私書箱業者の住所で、その「荒らし屋」は、いとも容易く、私の発明の試作品の写真や、私の発明が載った新聞のコピーを手に入れました。
 
 その「荒らし屋」は、試作品を点灯した写真の美しさや独創性、何紙もの新聞に載った写真入の記事を見て、妾の子ゆえの生来の病的な嫉妬心に火が点き、私に対する嫉妬の炎をメラメラと燃やしました。
 
 パソコン通信で一ヶ月ほど、私の発明の商品化に向けての活動を行いましたが、文章をやり取りするだけのパソコン通信では、何も出来ない事を知り、パソコン通信は止めました。
 
 その数ヶ月後、HTML文書を作成すれば、インターネット上のホームページで写真などの画像を公開できることを知り、ホームページを開設して、私が発明した「ひび割れガラス球照明技術」の試作品を点灯した写真を、ホームページで公開しようと決意しました。

 その為に、モニター一体型のデスクトップパソコンを入手して、自分で、見よう見真似でHTML文書を作成し、契約したプロバイダーのサーバにアップロードして、平成7年(1995年)12月に、稚拙ながらも、私のホームページをスタートさせました。
 
 そのパソコンは、Windows3.1+Windows95アップグレード版、CPU 66Mhz、HDD 470Mバイト、メモリ 8Mバイトと、現在のパソコンのスペックと比べると、隔世の感があるものでした。
 
 私のホームページを、さまざまなサーチエンジンに登録すると、まもなく、さまざまな人から、さも、もっともらしいさまざまなメールが、次々と送られてきたり、英文のメール、広告メールなどの、価値の無い迷惑メールなどが大量に送られて来るようになりました。
 
 その異常さから、一人の人間が悪意を持って、私に執拗に嫌がらせをしている事に気付きました。
 
 最初は、嫌がらせのメールへの返信で、「お前が一人で全てやっていることは分かっている」、「メールを送るな」などの文言で対応していましたが、嫌がらせのメールは、一向に収まりませんでした。
 
 さまざまな人を騙った嘘のメールや、英文のメール、広告メールなどの、価値の無い迷惑メールなどが大量に送られてき続けたので、もはや、私の発明に対する本当のメールが来ても、それを識別できない状態になっていました。
 
 
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